身分体系
現代の身分に対する体系は、人間とそれ以外の動物に二分化されるような奇妙な並列的分裂が感じられる様相を示している。人間社会は全て平等を立前とし絶対的な弱肉強食の関係を直隠しにして平和を謳っている。このサイトのテーマであるオーディション写真哲学は、人気者になるためにフォトグラフというメディアを製作し、そのポピュラリティーによって「強」という立場を獲得し、何らかの利益を得ようとする人間が後を絶たない。非常に広義な表現ではあるがこれらはオーディション族であり、言わば近年タレント化した政治家のプロフィールフォト等も筆者からすればただのオーディション写真にすぎないのである。笑顔の練習をし好感の持てる人間を演じ、時には理知的で判断力のある賢者を装うのであるがこれが、政治を正面から受け止めその運営に当たっての苦悩を強いられている人間にはとても見えず、選挙の時には大きな写真を国中に貼り出し人気を仰ぐ。このような状況から日本の現在を見た場合、並列的分裂の様相といった感を覚えざるをえない。つまりは全ての力関係が人気を起点として成立しており、これでは歴史を無視した貧困な文化となった言わざるを得ない。この観点から下記に日本の身分体系の概略を示した。
このサイトのコンテンツボックスである調査のインデックスページに於いて士農工商についての概略を述べたが、構造上での日本の歴史を象徴する事実として有るのが非常に興味深い身分制度である。基本的な体系に於いては基盤をなすものであったが、実際に実証的な研究は現在も継続されており、当時の事実が複雑に干渉しあい明確な概念となって打ち出されているわけではない。武士の位を上に置きその下には様々な身分が存在していたのだがそれらは兼業を兼ねていたり、その他の公家や僧侶、神主、検校など非常に複雑な関係の元にある人々の集まりで、絶対的な組織的解釈が現在に於いても困難であるのが現状のようだ。何れにしてもこの時代の上下に関する認識は実質に即した非常に即物的哲学の上に存在しており、現代のようなポピュラリティーが最も優先されるような傾向はみられない。

